炎天下。タライいっぱいに水が張ってある。
しゃがみ込んでそれを凝視する男。 後ろに立つ女。
「泳ぎたいんですか?」
「無理なんだ」
「はい」
「出来る気がしたんだ」
「タライじゃ無理ですよね」
「タライじゃ無理なんだ」
「泳げませんね」
「泳げないんだ」
再びタライを見つめる。女も見つめる。
「暑いですね」
男タライに入ろうとする。
「ちょっと」
「あ」
「タライですよ」
「ああ」
「泳げませんよ」
「ああ」
「ええ」
「出来る気がしたんだ。してきたんだ」
「無理ですよ」
「どうしてタライなんだ」
「こっちの台詞でしょう」
「畜生」
「プールは?」
「プールは駄目だ」
「じゃあ海」
「海は遠い」
「っていうか、なんでプールは駄目なんですか?」
「プールは駄目だ。恥ずかしいんだ、なんか」
「恥ずかしい?」
「プールって恥ずかしくないか?」
「いや、別に」
「そうだよな、お前そんな顔してるよ、 プールなんか恥ずかしくありませんって顔してるよ」
「怒るところじゃないですよ」
「海持って来い」
「無理です」
刺すような日差し。 沈黙。
女なぜかミニチュアの船を持っている。
それをタライの水に浮かべる。
「ほら、船」
「わああ」
ときめく男。 しばらく見つめている。
入ろうとする。
「タライですよ」
「もういい。タライでもいい」
「でもタライですよ」
「泳ぐ、俺は泳ぐ」