青春蝙蝠海岸線

知ってるよ。遠藤くんの鞄には綺麗な女の人が入っていて、遠藤くんに時々蝙蝠をおねだりしてるの。知ってる。見たんだよ。部室棟の裏だ。遠藤くんが蝙蝠の死骸を鞄に投げ込んだら、女の人は中ですごくいやらしい声をあげて、その後鞄の中から出てきて、あなたたちは二人一緒に並んで座って、何か紫色にひかるものをこねたりのばしたりしていた。全部全部、見ていたよ。遠藤くんの鞄には綺麗な女の人が入っている。

遠藤くんはいつも、なんでも簡単に済まそうとしてずるいって思ってたけど、部活とか係とかでわたし忙しいのに、遠藤くんはきっとその鞄のことにしか興味がないから、でもいけないよ。見たんだよわたし。神社の池だ。あんなに大きな蛙を捕まえて、鞄の中に投げ入れて、女の人がいやらしい声をあげて。鞄の女の人に、食べさせるのって大変だね。だけど、ねえその後、なにをこねたりのばしたりしているの?声を殺して全部、見ていたんだけど、ひかっていて、よくわからないの。

去年の海祭りの後から、だよね。祭りの夜わたしも海岸にいた。お母さんと一緒にいる浴衣姿の、あなたを見かけたよ。急に一度、強く風が吹いて、御松明を揺らしたね。遠藤くん、選ばれたんだ。あの時からあなたの鞄に、棲むようになったんでしょう。

待って遠藤くん聞いて。髪の長い女の人だね。次は何を食べさせるの?バイパスのスーパーの裏で何かを探している遠藤くんを、わたし見てたよ。あのあたりには時々大きなネズミが出るよね。おねだりされるんだね。蝙蝠もっと捕まえられればいいのにね。あなたたちが紫色にひかるものをこねたりのばしている時、本当、どんな顔をしているんだろう。ひかっていて見えないけどでも、離れて覗いていたって、あなたたちの温度は感じる。遠藤くんのその小さな鞄には、綺麗な大人の、女の人が入っている。

わたし大事な、大会が近いの。本当は、あなたたちになんて構ってられない。ねえ遠藤くん。女の人に名前はあるの?もしないのなら、わたしの名前をつけてくれませんか。そうすれば、あなたのしている悪いことに、わたし混じり合って、わたしがボールを追っている時や、方程式を覚えている時にも、紫色にひかるものをこねたりのばしたりすることを、少しくらい、感じられるかな。あの綺麗な女の人の名前を、篠田渚にしてくれませんか。

え?わたしの鞄の中?知りたい?競輪好きのおじさんだよ。一昨年の夏からいるの。好きな食べ物はね、