おりかえせ。

只々日々

5月19日に日記を再開してからしばらく経った。

何もできない日々を脱出する為にはじめている。かくことを習慣付けえる、机に座る、ペンを持つ、考える、推敲する、思い出す、見られる読まれるの感覚、そうしたことを取り戻そうとして。

毎日テキストをあげ続けるというのは多分今までも、経験がない。やってみると、まさにトレーニングである。柔軟とか筋トレとかジョギングとか、基礎体力を作ることととてもよく似ていたと思う。僕がこれをずっと続けている時、時々する時、全然しない時、能力が違うだろう。能力、というか、作品を作る時の出力の量とか精度とか、アイデアの角度とか飛躍度とか瞬発力とか、全般に、基礎体力は作用するんだろうな多分。

2週間のテキスト、たったこれっぽっちの量だが、すでにしばしば何を書けばいいか困っており、そういう時ようやく少しだけ、スタート地点が見えるような気がするのだ。空っぽの自分からなら、更にほじったりひねったり力んだり抜いたり、何か意外なものが、強い比喩が、届けてよいものが、作っていける可能性がちょっとは見えてくるかもしれない、ぐらいには思えるのだった。

僕は、知性の人でもユーモアの人でもない。自分なりの奔放方面を目指して進んでいるだけの北関東の馬の骨である。だが聞こえるか。聞こえるだろうかこの声が。あなたにとっての有意義にはなれなくとも、あなたの有意義にぶら下がるストラップとしてならどうだろうか。あなたにブラブラしてみたい。ああ聞こえます。邪魔ですかそうだろうね。

まあなんだっていいのだ。何もできない日々を脱出する為にはじめている、僕の我儘である。毎日テキストチャレンジは、とりあえず1ヶ月を目標にしている。もう少し沢山の人の目に触れたいとは思っている。