嬉しい。高校2年生になって、南雲桃子さんと席が隣になって僕は嬉しい。かわいい。南雲桃子さんはとてもかわいい。背が高い。長い髪がきれい。性格がいい。あんまりおしゃべりな感じじゃなく、でもすごく楽しそうに、友達と話してる。自然体。今日も、南雲桃子かっこ素敵かっことじ、だなと僕は、思う。
おそらく。南雲桃子さんは僕のことをおそらく、無害な生物だと認識している。気さく。普通に話かけてくれる。こないだの休み時間もそう。隣の席の南雲桃子さんがおもむろにこっちを向き、いつものしゅっとした目で僕を見ながら、気さくにこう言ったんだ。
「両肩に一匹ずつシャクトリムシが付いてるよ」と。
教えてくれる。南雲桃子さんは僕の肩にシャクトリムシが付いちゃってることを教えてくれる。特殊な事態にも関わらず、南雲桃子さんは落ち着いて、僕をばかにしたりせず、ただ少し微笑んで、かっこ素敵かっことじに、僕に伝えるんだ。「両側から迫ってきてるよ」と。
このままだと2匹のシャクトリムシが僕の顔面で運命の出会いを果たしてしまう。僕は勇気を出して「ありがとう教えてくれて。でも自分じゃよく見えないから、取ってくれる?早めに」とお願いしてみた。南雲桃子さんは答えた。「無理」と。実際にはかぶせ気味の「取ってくれる?はや」「あ無理」だった。「どうしよう」と僕は言った。「回ってみれば?」と南雲桃子さんは答えた。
回った。休み時間の教室で、両手を水平に伸ばし僕は、僕は回った。
シャクトリムシVS遠心力。急な奇行にクラスメイトたちの怪訝な視線が集まる。「取れた?」「まだいる。もっと回れば?」もっと回った。存外スピーディーに回れた。「取れた?」「わかんない。多分取れた」チャイムが鳴った。僕の両肩のシャクトリムシは、わかんないけど多分どっかに飛んでったようだった。
そうして僕らは何事もないように、前を向いて授業を待った。僕は静かに、今しがた二人でこさえた一連の謎ゾーンのことを思い返した。謎だなと思った。
別の休み時間ではこんなこともあった。
抜かりない。南雲桃子さんはいつでも休み時間の授業準備に抜かりがない。机の引き出しからすらすらと、教科書やノートや筆記具を出しては並べる、その最中だ。ごとり。机の中からなにかがごとりと落ちた。見ると、巾着袋が落ちていて、中から黒い塊がはみ出している。
南雲桃子さんがゆっくりとそれに手を伸ばした時僕は、きれいな長い髪が床についてしまいそうで心配だった。「なに?それ」と尋ねと、髪をかきあげながら、いつものしゅっとした目で僕を見た。かわいい。少し微笑んでいる。
「これ、隕石」と南雲桃子さんは答えた。
黒い塊の頭がぎらっと光る。袋の中身はけっこうな大きさだ。「え?本当に?」「本当に隕石」そして袋の紐をぎゅっと絞めながらこう続ける。「いつも持ち歩いてるの。必要な隕石だから」
知っていた。僕は南雲桃子さんが毎朝、カバンから巾着袋を出して机にしまっているのを知っていた。でもまさか隕石。必要な隕石。なんだろうどういうことなんだろう。僕は戸惑いながらも、逃せない機会のように感じて、更に尋ねた。
「君の隕石、触ってもいい?」
言った直後、あれ?と思った。なんだか大変いやらしいことを口にしたような、いや気のせいだし、それに大丈夫、南雲桃子さんは僕を無害な生物だと認識している。
小声で、「いいけど。気を付けてね」と、巾着袋の紐を緩めて黒い塊を少し出し、僕に差し出した。僕が唾を飲んでから、人差し指を伸ばす途中が、教室の喧騒が静かに、全てがスローモーションになっていくかのようだった。未知との遭遇。気をつけてねと、南雲桃子さんは言っていた。どういう意味だろう、僕の指が、南雲桃子さんの持つ隕石に、触れた瞬間。
ピー!
ハウリング音。教室の壁のスピーカーから強烈なハウリング音が響き渡り、クラスメイトたちが一斉に悲鳴をあげた。もしあと数秒長かったら、不快な爆音に耐えきれずみんな教室から逃げ出していただろう。全身を硬直させて、目を丸くして、スピーカーを見つめる僕の耳元で、そよ風のような、声がする。
「だから気を付けてねって言ったのに」
ゆっくりとそちらを見ると、南雲桃子さんの横顔があった。その表情は長い髪で隠れている。だが僕にはわかる。南雲桃子さんは今、微笑んでいる。ざわめきの続く教室で、二人のこさえたこの謎ゾーンに、なにもかもが意味不明な中、まるで必然のように僕は言う。「ごめんね」南雲桃子さんは答える。「内緒だよ」
嬉しい。高校2年生になって、南雲桃子さんと席が隣になって僕は嬉しい。しゅっとして気さくで自然体、南雲桃子かっこ素敵かっことじ、そうなのに違いない。だが目を凝らせば、素敵の文字の揺らいで透けるその先に、今、多分宇宙と書いてある。
妄想。授業中、教科書の影で僕は妄想を重ねている。これから南雲桃子さんの謎ゾーンをいくつも通過しながら二人で内緒を育てる道すがら、かっこの中が何度変わっていくだろうか。ただ、気を付けようと思う。彼女が大切にしている隕石と僕の相性は、周囲に異変を巻き起こすほどに、すこぶる悪いのに違いない。

