軒先に突然現れた、
死に別れた犬が言った。
君のことが心配だったんだ。
僕は、少し呆れて、それから笑って、
飼い犬に心配されるなんてな、でも、
エサが欲しいか遊んで欲しいか、そのどちらでもないのに、
犬が僕をじっと見るのは変で、
気付くと時間が、ひどくゆっくりだ。
君のことが心配だったんだ。
もう一度、犬は言った。
犬は僕の近頃を何か知っているんだろうか。
何か言おうとして、ぎこちなくなった。
手が震えている。
国道からクラクションの音が、
高架橋から電車の走る音が、
隣の家からテレビの音が、
僕のことを知らない、見上げると、 夜空も同じだ。
軒先の犬は匂いを嗅いで、言った。
君のことが心配だったんだ。
汗が僕の輪郭をなぞりながら、背中をつたっていく。
きっと犬なんかいないのに、
犬の脇の鉢の花が証人面をしている。
強がった言葉を探すと、ガラクタばかりだ。
昨日飲んだ、おいしいミネラルウォーターのことが思い浮かんで、
別にそんなこと、死に別れた犬に話すことじゃない。
拳を握るとなぜか、草をこすった様な匂いがする、それが、
少し背筋をほどいた。
君のことが心配だったんだ。
最後に犬が言うと、犬はもういなかった。
鉢の花の時間も元通りになっている。
部屋に戻ると部屋が、ピアノを適当に叩いた様な、
前向きな嘘に包まれていた。
食いかけの饅頭を口に放り込んで、
誰でもいいから会いたい、
出来れば柔らかい肌の人に、でも、
そうだ、
ジュラ紀の次が白亜紀か、白亜紀の次がジュラ紀なのか、
どっちだったろうか、思い出せそうで、思い出せないから、
きっと明日。