高い階にある部屋。 電話する女。
「10歳の時」
「え?」
「お父さんはね、居間のちいさいほうの蛍光灯を取り替えようとして、死んだの」
「うん」
「椅子の上に乗って、こうね、丸い蛍光灯」
「滑って?」
「ううん。滑らない」
「え?」
「ふたつある、丸い蛍光灯の、小さいほうを、取り替えて」
「取り替えて?」
「わたし、それを、下から見てるのね。そんで、その小さいほうの蛍光灯、渡されて」
「うん」
「よいしょって、椅子から降りて、お父さん」
「うん」
「こう、腕伸ばして蛍光灯取り替えてたから、腕とかだるくなるじゃない? そんで、あーとか言って、ソファーに仰向けにごろんてなってね」
「うん」
「そのままね、それで、死んだの」
「え?」
「死んだの、お父さん」
「なんで?」
「心筋梗塞。うっ、て、言ってかも知れない」
「ああ、そうなんだ」
「お父さんは目を開いてて、どこも見てない感じで、瞬きしないから、 凄いなって、感心してた、わかんなくて」
「急だね」
「ベロがね」
「うん」
「口が開いたまんま、ベロ、見えてるの」
「うん」
「お父さんのベロ、そんな見ないでしょ?普通」
「そうだね」
「お父さん、ヘンなの。口が開いたままで、目が開いたままで、ヘンなの。 お父さんのベロ、わたし、ずっと見てるの。わたしもヘンなの。 わたししばらく、ずっと、ちいさいほうの蛍光灯を握り締めたまま、 ヘンなお父さんを見ていたんだと思う。お母さんが気付いて、 わーって、騒ぎ出すまで、ずっと」
「そうなんだ」
「お父さんの死は、お父さんのベロの色と多分おんなじなんだと思う」
「え?」
「お父さんの死は、お父さんのあの時の、ヘンな色のベロの色と、一緒だよ」
「もしもし?よく聞こえない」
「父の死は父のベロの色だ」
「もしもし?」
「わたしは今でも、小さいほうの蛍光灯を握り締めたまま、 お父さんのベロの色を眺めているような、気がする時があるの」
「ねえ、見える?わたし、もうすぐそこにいるの。見えるでしょ?赤い服」
女、ベランダに出る。