ぎんいろ

夕飯の買い物の帰り道、道端に、銀の塊。
横たわる銀は、男だ。
道端に横たわる銀の塊は、全身銀色の、裸の男だった。
わたしが銀の男をかくまったのは、
銀の男の目を、いいと思ったからだ。
銀の男の手を、いいと思ったからだ。
わたしは銀の男を、「ぎんいろ」と名付けた。
だって、「ぎんいろ」だったから。

ねえ、ぎんいろ、きっと、
ぎんいろを苦しめる、悪いトンボの出す、
悪い音から逃げよう。
あの橋を渡る準備をして、
そうだよ、橋の向こうには、
豊かな実りもあると言うよ。
ねえ、ぎんいろ、
わたしは、ぎんいろの目と、
わたしは、ぎんいろの手と、
暮らそう。

見て、ぎんいろ。
月曜日は、月の輪が、
よく見えるね。

その惑星の衛星、環を持つ「月」の上で戦争を繰り広げている、
或星、或国、或街。  
同じ街に住む二人の女がかくまった、別々の「ぎんいろ」  
街の一角にある軍需工場から逃げ出した、「ぎんいろ」は、  
月に送られる兵器の、廃棄されるべき不良品だ。  


意思のおぼろな二つの不良兵器を、かくまった二人の女。  
二人は工場で作られているものを、噂でしか知らない。  
毎夜、ひたすら月を眺める「ぎんいろ」の、  
人型水銀兵器と呼ばれる、その「ぎんいろ」の、  
正体を知らない。  

軍事機密である兵器の流失を許さない軍が、  
定期的に街に放つ大型空中戦艦「トンボ」から、  
不良水銀兵器にだけ効果を発揮する特殊な音波を放つと、  
ぎんいろは、  
その姿を醜く歪めながら、  
のたうって苦しみながら、  
からだの一部を失ったりしながら、  
小さく、小さくなってゆく。      

ぎんいろが部屋の椅子に座って、  
そうして月を眺めているだけで、  
そうして時々、その目を、その手を、  
女にむけるだけでよいほどに、  
ぎんいろが女に愛されている時、  
女はきっと病んでいるが、  
別に良い。  

ぎんいろは、次第に肢体を失いながら、  
しかし、女に特別に愛されている、  
その目だけは、その手だけは、残しているのだから、  
男もきっと、女を愛しているのだ。  

工場を抜け出したぎんいろが、
二人の女のところに別々にかくまわれているように、  
もしかしたら、沢山のぎんいろが、街に逃げ出していて、  
もしかしたら、沢山のぎんいろが、沢山の女と、
隠れて、一緒に暮らしているのかも知れない。

国境である橋から聞こえる銃声は、
トンボの悪い音から、
共に逃げようとしたつがいの一つが、
撃たれた音なのかも知れない。

それから、もしかしたら、  
1世紀前から良く見えるようになったという、  
月の輪は、  
銀色の月の輪は、  
沢山のぎんいろの、死体なのかも知れない。

ねえ、ぎんいろ。
ぎんいろの好きな、果物を買ってきたよ。
だからどうかお願い。
望遠鏡を覗くのを止めて、
そこに座って。
だからどうかお願い。
月を指差すのを止めて、
そこに座って。  

ふたりのぎんいろと、目の女と、手の女の、一週間の物語。