ことばから離れる

只々日々

音楽制作のメモとして書き残しておく。

「話し言葉で作るうた」をする灰ホトラである。現在ラインナップに並んでいる楽曲を眺めてみると「リズムは大体固定、声は音階を伴わない」ものが多くなっている。本当はリズム不定のうたをもっと作りたいのだが、制作も歌唱も演奏も著しく難度が高い上にキャッチーさは低いぞと気付いてしまい、後に回している。

僕は楽団灰ホトラで30曲程度作ったら筆を置くことになると現時点では思っている。多分そうなるだろう。そうしてつい気付くと「肩の力が入った曲」を作ってしまいがちになっており、まあ別にそれでもいいじゃんと思う一方で、自分にとってかけがえのない、大切にしたい、伝えたい、魂を込めた曲であるほど、他人が聞くに値するものへとこしらえることに、注意深くあるべきだと改めて、思ったりしている。

例えば「気持ちをメロディーに託せない話し言葉で作るうた」で見せ場を作ろうとすると、感情的になってみせるという選択肢が顔を出しがちで、しかしそれが有効でない場面が多かった。とにかく丁寧に細かいニュアンス積み重ねながら、うたいてとききての中間に表現を立ち上げるように努めて意識していないと、僕の場合特に、だめなようです。

結局、音階で作ったメロディーに等しいくらい、話し言葉のうたも音の長短やアクセントの位置、語頭や語尾のニュアンスをシビアに作り込まないといけない。勿論遊びがあっていいと思うのだが、作り込んでいって一度がっちり型に嵌めて正解を作らないとおそらく、うまくいかないのだ。

その過程で言葉と自分を少し離すこと、そんな意識も必要になってくるのだろうな。

実はセットリストに勝負曲然とした作品を並べようとしたら「切実さのうた」が多すぎてその押し付けがましさを自覚して、慌てて対話的で参加性を感じられるような楽曲と差し替えたりしているのだ。

楽団灰ホトラは現代演劇現代音楽現代美術の領域外にいる、単なるこれっぽっちのうたう集団であって、エンタメでなければだめだし、聴いた甲斐があったと思ってもらえなければ普通に負けである。すすめ。