犬の窓、20年の夜

軒先に突然現れた、
死に別れた犬が言った。
君のことが心配だったんだ。

僕は、少し呆れて、それから笑って、
飼い犬に心配されるなんてな、でも、
エサが欲しいか遊んで欲しいか、そのどちらでもないのに、
犬が僕をじっと見るのは変で、
気付くと時間が、ひどくゆっくりだ。

君のことが心配だったんだ。
もう一度、犬は言った。
犬は僕の近頃を何か知っているんだろうか。
何か言おうとして、ぎこちなくなった。
手が震えている。

国道からクラクションの音が、
高架橋から電車の走る音が、
隣の家からテレビの音が、
僕のことを知らない、見上げると、 夜空も同じだ。
軒先の犬は匂いを嗅いで、言った。
君のことが心配だったんだ。
汗が僕の輪郭をなぞりながら、背中をつたっていく。
きっと犬なんかいないのに、
犬の脇の鉢の花が証人面をしている。
強がった言葉を探すと、ガラクタばかりだ。
昨日飲んだ、おいしいミネラルウォーターのことが思い浮かんで、
別にそんなこと、死に別れた犬に話すことじゃない。
拳を握るとなぜか、草をこすった様な匂いがする、それが、
少し背筋をほどいた。

君のことが心配だったんだ。
最後に犬が言うと、犬はもういなかった。
鉢の花の時間も元通りになっている。
部屋に戻ると部屋が、ピアノを適当に叩いた様な、
前向きな嘘に包まれていた。
食いかけの饅頭を口に放り込んで、
誰でもいいから会いたい、
出来れば柔らかい肌の人に、でも、
そうだ、
ジュラ紀の次が白亜紀か、白亜紀の次がジュラ紀なのか、
どっちだったろうか、思い出せそうで、思い出せないから、
きっと明日。