発熱する10の家


窓の外
見てないけどはっきり分かる
今絶対夜の空に
無音の打ち上げ花火が上がってる
空の全部が埋まっちゃうくらい
ばかでかい花火
なのにほんの少しも
音や振動やがないやつ
それがわたしと関係ない空に
次々に上がってる
でもわたしには分かるんだ


あれは
親友の権田原だが近づくと
粉っぽい影だった
だがやはり権田原なので話しかける
権田原は影色の粉っぽい息を吐いて
何か言ったけど
全然わたしの知らない言葉だ
ひとりにしないでと
試しに言ってみる
でも権田原というか空間まるごと
まるでぽかんとしていて
わたしの相手をしていない
権田原が持っているのは桃色の花だ
わたしはそれが欲しくてたまらなくなったが
そんなことをしたらもう親友じゃない
さよならと言うと
どこかの百人が同時に
さよならと答えた
わたしは凍り付いて
涙がどんどんこぼれて
こんなひどいことないなと思った
ふらふらな早足で遠ざかりながら振り向くと
桃色の花をもった影は
今更わたしのことを目で追っている


カラスが電線に横に並んで
全部こっち見てて
あれは多分ひとつひとつが
わたしのやり残した仲直りで
カラスがとまっている電線はきっと
まだ間に合うともう間に合わないの
境界線だ
わたしはカラスより先に目を逸らして
手に持った缶コーヒーを眺める
少し寒い日の少し暖かい缶コーヒーと
わたしの毎日とその幸せが
ちょうど同じだ
なんて情けない幸せなんだろう
わたしは一口
缶コーヒーの絶対的な重みを
心臓に刷り込んでもう一度
カラスの方を見るが
そんなものはもういなくて
ただ電線の境界線がしなやかに
あるだけだ


全部隣の部屋からする音
食器の音
テレビの音
笑い声
足音
扉の閉まる音
鼻歌


緑色の太ったおじさんが
傍らにいる
どうですやさしいでしょうと言わんばかりの
全身緑色だ
おじさんはわたしをはげまそうと
軍歌を歌ったりお手玉をしたり
大きいトカゲをよこしたりするので
わたしは微笑みを操縦して
ありがとう嬉しいどこにもいかないでお願いと
言ってみると思い他
すんなりとした嘘だ
おじさんは益々張り切って
軍歌を歌って
おじさんの気持ちは本物でわたしの気持ちは嘘だが
交じり合うとなんでか真実と変わらなかった
おじさん素敵なエプロンしてるね
おじさん
窓を開けてちょうだい
つまらない隣の屋根を眺めながら
何かこれからのことを話そう


頭が熱いと思ったら
熱いのは髪の毛だ
指を通すと焼ける様だった
このままでは死んでしまうから
わたしは坊主にならなきゃいけない
髪はどんどん熱くなるので
わたしは慌てて剃刀を探す
坊主になるなんて嫌だ嫌だけど
死ぬよりはいい
でも嫌だ
無茶苦茶に探し回って
部屋のものが次々ひっくりかえっていく
もうわたしの頭は燃えてるんじゃないだろうか
不快な臭いで満たされていく
髪の毛の燃える匂いって地獄の匂いみたいだな
わたしは近所の蕎麦屋ののれんに
穴が開いているのを思い出した
想像するにあれは
蕎麦屋の人も気付いていない穴だ
だからわたしが死んだら
蕎麦屋ののれんには穴が
開いていないのと同じになる


飛び出す絵本が開いた瞬間みたいに
君は座ってて
わたしが見ていない時は閉じてるのかも知れない
わたしが君を見る時だけ
飛び出す絵本である君は
開くのだろう
買い物をしに外に出ると
飛び出す絵本である世界は
わたしが来た時だけ開いたかの様に
そこにある
君が着る服をわたしは買いに行く
その道沿いに絵本は開くだろう
わたしはしらじらしい仕掛けの中だ
別にそれでいい


ファンデーションが腐って
小さな苔の山ができた
化粧台の時間が狂って
まるで回線の重い動画だ
鏡にわたしを映すと
気持ちは音飛びしながら
良かった時の記憶を探している
あの時神社にいた君を見つけると
小さな苔の山は砕けて
なにもない場所にわたしは戻り
鏡の顔は半分夜で 今はいつからか夕方だった


生き物をそのまま飲むみたいな気がして
牛乳が怖くなってしまって
最近は下らない炭酸を
順番に飲んでいる
下らないテレビを見ながら
この満足感は
飲んだ炭酸がこみ上げる時の
だめな満足感に似ているなと気付く
でもそのスケッチも
下らない炭酸やテレビと同じ場所に
溶けるだろう
なにもしたくない
北海道があるなんて嘘なのかも知れない

10
誰かわたしを呼んでいる
掌を見ると白く
満月なのだと分かった
なぜわたしはお気に入りの服を着て
こんな何もないところにいるんだろう
どこに行こうとしていたんだろう
家に帰らなくちゃ
誰かわたしを呼んでいる
交差点で信号を待ちながら
信号機の色って全部嫌いだ
嫌いな先生を見るみたいに嫌だ
家に帰らなくちゃ
サンダルがこんなに汚れて
わたしはどこに行っていたんだろう
電車も車も看板も
道行く人々も
みんなぴかぴかの光だ
なにかの権化みたいな
一人の酔った老人がわたしをじっと見た
街灯が瞬く
呼吸がザラザラしてわたしは
ここにいるべきじゃないんだ
この間買ったハンカチが綺麗に折りたたまれて
ポケットに入ってる
わたしはきっと
家に帰ることが出来る
道端に点々とあるのは
君と投げ合った泥だ
全部手遅れでも
鼻に詰まった言葉の肉を
飲み込んで
靴下をはくように
愛してると言うんだ
なんでわたしは出て行ってしまったんだろう
誰かわたしを呼んでいる
家に帰らなくちゃ
橋の上は風が強く
満月で白い川と山の上を
クラゲの様なコンビニ袋が飛んでいく
海が溢れてみんな死ぬとしても
家に帰らなくちゃ
家に帰ったら
叩いたら音のするものなら
何でも叩いて踊るんだ
リモコンでもおろし金でも
皿でも猫でも枕でも
やがてわたしの家は白く
浮かび上がり
分かってたけど
わたしを呼ぶ声は君の声じゃない
いつもみたいに
鍵を出しながら
角を曲がって
隣の家の犬を見て
伸びた雑草を踏んで
郵便受けを確認しながら
鍵を差し込んで
このサンダルを買い替える頃
わたしはまた何もないところへ向かうかも知れないな
そうしてまた後悔しながら
家へ帰るのだろう
誰かわたしを呼んでいる
わたしは帰ってくる