父シチュー

父は突然天才になって
決まって夜十時
両手鍋を持って
屋根へ登る人になりました

勉強机に座ってわたしは
屋根瓦のゴリゴリ鳴るのを
毎晩毎晩

父は空からシチューが降ってくるまで
きっと
止めません

お玉で脳天を砕いてやろうかしら
母は言います
でもそうして砕けた父の頭から零れてくるものこそ
シチューかも知れなくて
父の頭から零れるシチューを母が
必死にお玉ですくう姿を思うと
それだけで
シチューの臭いがしてきます

ここはとても田舎だから
人の住む家もまばらだから
父の天才ぶりもまだ秘密
うっかり誰かに見られたら
あれは風見鶏です
って、言うんだ
って、今決めました

わたしは頭上でゴリゴリ鳴る音を聞きながら
天才はもうゴリゴリだなぁ
駄洒落です
でも父は天才だから
本当に空からシチューを降らせるかも知れない

父の握り締める両手鍋に空からシチューが
ドボドボド
興奮した父が屋根瓦を更に
ゴリゴリゴ