有名人に会ったことがない。
正確には何人か会ったことはあるようにも思うが要は、ほとんどない。キムタクを見たとか、ガッキーと会ったとか、猪木にビンタしてもらったとか、ないのであって、だけどまあ僕自身はあまりミーハーなところはないと自認していて、それが残念だとは思わない。
いや本当だろうか。有名人に会った人から、「思ったより顔が小さかった」とか「すごい背が高かった」とか「いい匂いがした」とか聞くと、「へー」って言うし、確かに「へー」って思っている。どこかに存在していることはわかっている。だが実際に会うことはないと思っていて、特にそれを期待もしていない、そんな僕にとっての有名人というもの。の筈なのだが、しかし本音を言えば、「今僕は羨ましいと思わなかったか?自分も会いたいんじゃないのか?どうなの僕」と、自らの羨ましメーターをチェックはしているかな。で、動いてないんじゃないかと思うんだけどな。
しかしそんな、僕の「有名人なんともない説」がいよいよ疑われる出来事があった。
先日のことだ。仕事中職員が、あるものを「これを処分しておいてくれませんか」と言って持ってきた。僕はそれを見た途端、雷に打たれたようになった。それは異形の物体だった。聞けば職場近くの川べりに落ちていたのを拾ってきたのだという。
フライパンだった。一般家庭で使われる普通のフライパンだ。フライパンがそこらに落ちているのは実に変だが、問題はそこじゃない。そのフライパンの異様な姿の方だ。フライパンは円の両側から内側に向けてぐにゃりと曲がっており、それは一目見て「力自慢がデモンストレーションの為に、フライパンを両手で持ってぐっとやって曲げた結果そうなったやつ」にしか見えないものだった。
映画かドラマか、何かの番組か、何度か見たことがある。映像の中のマッチョがやっていたやつだ。そう、例の「力自慢が曲げたフライパン」が、今目の前にある。どこかに存在するが、実際に会うことはないと思っていて、期待もしていなかった、あの有名なフライパン。有名フライパンと僕は出会ったのだ。
実際に有名人(フライパン)に会ってみてわかった。会えば高揚するし、誰かに話したい。テレビの向こう側の存在が、目の前にいるということ。サインを貰えればいいのだが、フライパンには難しいだろう。実のところ、職員が普通の状態のフライパンを拾って、「これ曲げられるかな」と思ってやってみたら、痛んでいたので簡単に曲がっちゃって、それを持ってきたっていう、顛末だったらしい。変な職員。その職員からサインを貰ったらいいのだろうか。意味がわからないが。
僕は思わず想像する。川べりにこの、例の有名な「力自慢が曲げたフライパン」が落ちていて、その隣に例の有名な「長靴を釣り上げる釣り人」がいて、脇のバケツには例の有名な「人間ポンプが一度飲み込んで吐き出した金魚」が泳いでいて、そこを例の有名な「盗んだ焼き魚の中央部分を咥えながら歩く猫」が通り過ぎていく、などという場面に出くわしたとしたら。その時は僕自身が例の有名な「興奮して鼻血を放射状に飛ばしながら後ろに倒れる人」となって、伝説に刻まれることになるだろう。